今週も張り切っていきましょう。平スポ石井です。

昨日の21時からNHKで、

あなたの寿命は延ばせる ~発見!長寿遺伝子~ 

 http://www.nhk.or.jp/special/onair/110612.html

という番組をやっていました。

ご覧になった方はいらっしゃいますか?

実はこの内容、もう2年半も前に、旧平スポブログでお知らせしたものでした(すこし自慢気!!)

旧平スポブログ「粗食のススメ」・・・http://hiraspo.exblog.jp/9777611

とてもいい内容なので、見ることができなかった人のために、もう一度、番組の内容を簡単に紹介しようと思います。

檻に入れられた2匹の猿、この2匹の猿は、年齢も同じ、


ある条件だけ除いて、それ以外はまったく同じ条件で育てられました。


平塚のプロトレーナーがいる治療院

しかし向かって左側の猿はとても若々しく、右側の猿はとても老けて見えます。

顔も・・・

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背中の皮膚のハリや毛並みも

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そう、向かって左側の猿は、ある方法によって

長寿遺伝子を発現させたのです!


見た目だけの変化ではありません。

脳だって

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この遺伝子が働くようになるだけで、年をとっても密度が低くならないのです。


実はこの遺伝子は、人間誰でも持っています。人間どころか、地球上のほぼすべての生物が持っています。


しかし、ほとんどの人が、そのスイッチは「OFF」になっています。


そのスイッチを「ON」にする方法とは・・・

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そう、食事を減らすだけでよいのです。


通常の食事量より、ビタミン・ミネラルなどの栄養素は落とさないようにして、カロリーを約3割減らす。


それを続けることにより、「長寿遺伝子(番組ではサーチュイン遺伝子と紹介されていました)」のスイッチが「ON」になり、様々な老化の原因を防いでくれるのです。


この遺伝子は、これまで地球に生命が誕生してからこれまで経験してきた数多くの飢餓状態でも生きながらえるために発達してきた経緯を持つ遺伝子だそうです。

その遺伝子が、飽食の時代の現代の健康に一石を投じています。

もっと詳しく知りたい!

 とか

では具体的に何を食べたらいいの?

 とか、

そうは言っても、どうやっていいのかわからない・・

なんてお悩みの方は、平スポまで

http://www.athlete-net.com/

0463-25-4871

(番組概要)

老化を遅らせ、寿命を延ばす遺伝子が見つかった。「サーチュイン遺伝子」というその遺伝子は、特別な人でなくても、誰もが持っている。うまく働かせられれば、平均寿命は100歳を超える。衝撃の発見の詳細を、萩本欽一さんの案内で分かりやすくお伝えする。
サーチュイン遺伝子は最初に酵母で見つかり、その後、ハエ、ネズミ、サル、ヒト、と、地球上のほとんどの生物が持っていることが分かった。動物実験では、サーチュイン遺伝子の働きを強めることによって、寿命が20~30%延びることが確認された。
「ミトコンドリアが出す活性酸素」「免疫細胞の暴走」など、老化をもたらす具体的な要因が最新の研究で分かって来ている。サーチュイン遺伝子がONになると、指揮者のように働いて、100近くの老化要因を抑える。その結果、肌、血管、脳など様々な器官が若く保たれ、寿命が延びるのだと考えられている。

Author Profile

石井 隆行
石井 隆行株式会社アスリートネット湘南 代表取締役Twitter:@hiraspo
 1969年静岡県伊東市生まれ
 
 静岡大学教育学部卒業
 呉竹鍼灸専門学校卒業
  
 針師・灸師・あん摩マッサージ指圧師
 NSCA CSCS
 小学校教員免許状
 中学校保健体育教員免許状
 加圧トレーニング特定資格者・加圧トレーニングスペシャリスト
 ケトジェニックアドバイザー
 ライフキネティックパーソナルトレーナー
    ほか・・・


静岡大学在籍時、「資格」も「技術」も「コネ」もない状態にもかかわらず
「オリンピックに選手を連れていく!」と豪語。

当時珍しい学生トレーナーの先駆者となるが、医療国家資格を持たない者が、選手の身体を触るのがご法度であった当時、テーピングを巻くどころかパートナーストレッチをする程度でも「あいつは資格を持っているのか?」と陰口をたたかれ、資格を取る事を決意。
大学卒業後、鍼灸マッサージの専門学校へ通う。

専門学校在学中に、スポーツ界では「応急処置や緊急時に資格なんていってられないだろ」という風潮が高まり、そこから済し崩し的に、卒業時には「誰でも」選手の身体を触ってもよい様な状況になっていた。
そんな状況に嫌気をさしつつも、自身の大学時代に専攻していたバイオメカニクスと手技療法を組み合わせた独自の手法が評判を呼び、「本当に信頼できる身体のスペシャリスト」と多くのアスリートから信頼を獲得、1996年のアトランタ五輪より5大会連続でクライアントのオリンピック出場に貢献する。

現在「平塚スポーツケアセンター」での活動を生業としつつ、
大学時代に描いたその夢を叶えながら、更に大幅修正を加え、現在に至る。