いつもありがとうございます。平スポ石井です。

今日は少し時間が出来たので、久しぶりに身体の使い方の話でも・・・

皆さん、拇指球って聞いた事ありますか?

足の親指の付け根、大体この辺の事をいいます。
平塚のプロトレーナーがいる治療院

スポーツや身体動作では、よく「拇指球に乗って」と言われます。

その為、重心を内側に集めようとするばかりに、膝を内側に絞ってしまったり、余計にひどいフォームを取ってしまう人も多く・・・

なので、今日は

「チョー簡単、拇指球重心の作り方」



1、肩幅より少し狭目(腰幅くらい)に足を開きます。

  出来れば床が固いところので実施した方が解りやすい。
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2、足の指を背屈(上にそらす)します。

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3、その状態で、かかとに重心が乗る場合は、少し前傾して、重心を前に移動させる。

どうです? 拇指球が痛いくらいに体重が乗っているのを感じませんか?

それを充分感じたら、足の指を元に戻してください。

どうでしょう? 

膝を内側になんて入れなくても、内側に重心が集まるのを感じることが出来ると思います。

感のいい人ならお分かりでしょう。

足の指の背屈-底屈を上手く使えば、自然と重心は拇指球へ集まるように、人間の身体は出来ています

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足を振り出して、地面に踵から設置する この瞬間に、少しだけ足の指を持ち上げる意識を持ってみてください。

それだけで、重心はしっかりと拇指球に乗るようになるし、足指で地面をつかむ感覚も出るようになってきますよ!

それでも解りにくい人は

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キネシオテープ等、伸縮性のあるテープで、足の親指が少し持ちあがるようにテーピングをしてみてください。

どうです? 簡単でしょ。

ちなみに、ここまで書いておいてなんですが・・・

僕は、何でもかんでも拇指球重心ってのは否定的意見を持っています。

例えば、外側に重心が必要な場合も多々あります。

少し前に流行った4スタンス理論も、決して完璧ではなく、かなりのアレンジが必要と思っています。

だからと言って、重心を内側に集められない人に、その先の話をしても、まったくもって論外です。

最低限、まずは足の指を使うことによって重心をコントロールできるように頑張ってください。

その事を話しだすと明日の朝までかかってしまいますので、今日はしません。この先もしません。メールでも答えません。

平スポに来る、僕が真剣に見ているアスリートにのみ教えています。

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Author Profile

石井 隆行
石井 隆行株式会社アスリートネット湘南 代表取締役Twitter:@hiraspo
 1969年静岡県伊東市生まれ
 
 静岡大学教育学部卒業
 呉竹鍼灸専門学校卒業
  
 針師・灸師・あん摩マッサージ指圧師
 NSCA CSCS
 小学校教員免許状
 中学校保健体育教員免許状
 加圧トレーニング特定資格者・加圧トレーニングスペシャリスト
 ケトジェニックアドバイザー
 ライフキネティックパーソナルトレーナー
    ほか・・・


静岡大学在籍時、「資格」も「技術」も「コネ」もない状態にもかかわらず
「オリンピックに選手を連れていく!」と豪語。

当時珍しい学生トレーナーの先駆者となるが、医療国家資格を持たない者が、選手の身体を触るのがご法度であった当時、テーピングを巻くどころかパートナーストレッチをする程度でも「あいつは資格を持っているのか?」と陰口をたたかれ、資格を取る事を決意。
大学卒業後、鍼灸マッサージの専門学校へ通う。

専門学校在学中に、スポーツ界では「応急処置や緊急時に資格なんていってられないだろ」という風潮が高まり、そこから済し崩し的に、卒業時には「誰でも」選手の身体を触ってもよい様な状況になっていた。
そんな状況に嫌気をさしつつも、自身の大学時代に専攻していたバイオメカニクスと手技療法を組み合わせた独自の手法が評判を呼び、「本当に信頼できる身体のスペシャリスト」と多くのアスリートから信頼を獲得、1996年のアトランタ五輪より5大会連続でクライアントのオリンピック出場に貢献する。

現在「平塚スポーツケアセンター」での活動を生業としつつ、
大学時代に描いたその夢を叶えながら、更に大幅修正を加え、現在に至る。