平スポの治療家トレーナー石井です!

今日は前回に引き続き、トレーニングで腰痛(特に慢性腰痛)を克服するためのポイント
題して「腰痛には腹筋? いやいや腰痛には背筋でしょ!」のパート2

パート1をご覧になっていない方は こちらを
http://hiraspo.com/2014/10/10/backex/

さて、いよいよ背筋を鍛えていく段階に移るわけですが、
上手に行うと、「やればやる程」腰痛が楽になっていきます。

さて、ここで問題です。
背筋(特に下背部)を鍛える種目は数多くありますが、慢性腰痛に対して最も有効なトレーニングは何でしょう?

1.デッドリフト
deadlift
2.45度バックエクステンション
backext
3.ローマンチェアを使用したバックエクステンション
backextB

僕の答えは、3番の「ローマンチェアを使用したバックエクステンション」。

「痛みを解消するには、終動負荷の種目を選択するのが良い」

終動負荷・・・トレーニングに携わっている方なら、すぐピンと来ると思いますが、一般の方にはあまり馴染みのない言葉かもしれません。

トレーニングマシンや水中を利用するトレーニング以外は、ほぼ全て重力が負荷となります。
なので、その軌道により、最大負荷のかかるポイントが変わってきます。

1番のデッドリフトは、写真のスタートポジションで最大負荷がかかります。
deadlift

2番の45度バックエクステンションは中間ポジションで最大負荷(写真の②の身体が水平になる所)
45backext3

3番のローマンチェアを使用したバックエクステンションのみ、フィニッシュで負荷が最大になります。
back-extension-b-ex
マシンを使用したトレーニングの場合(大抵ローワーバックという名称がついていると思います)、マシンのカムの形状にによって負荷のかかるポイントが違いますので、フィニッシュのポジションで最大負荷がかかるマシンを選んでください。腰痛の人は終動負荷のマシンが一番気持ち良いと言います。

自重でのバックエクステンション、または終動負荷のローワーバックマシンを使い、最初は30回を目標にやってください(無理なら回数は抑えめに)
バックエクステンションは、プレートなど重りを持つ必要はありません。
加圧トレーニングが出来る環境にある人は、脚にベルトを巻いてバックエクステンションはオススメですよ。下背はそれ程意識せず、ハムストリングスから殿部を使って動作をする位のやり方のほうが、腰の痛みが解消されるのが実感できます。

バックエクステンションで充分下背部を鍛え、日常生活に痛みを感じなくなったら、デッドリフトを導入。
ここでも、僕は通常のデッドリフトではなく、パワーリフティングで行う「スモウデッドリフト」を選択します。

ワイドスタンスのデッドリフトは、スタンダードスタンスで行うデッドリフトに比べ、背筋の伸展収縮を積極的に利用できる種目なので、体幹部のコントロールを学べるとても良い種目であると考えています。
※ただし、それを行うのはなかり難しいので、必ず良い指導者のもとで学んでください。

スモウデッドリフトで100Kgを不自由なく扱えるようにまでなれば、その時は腰痛を殆んど感じなくなっています。思う存分好きなトレーニングをやってください。
とにかく、トレーニングで腰痛解消するには「終動負荷」。これ重要!!!

平スポでは、そういった点を踏まえ、45度バックエクステンションではなく、わざわざ「ローマンチェア」を設置してあります。
今は業務用でローマンチェアは不人気らしく、探すの大変だったんですよ。
DSC_1383
そして、ストライブのローワーバック
「ストライブ」はカムの位置を変更する事が出来るので、「初動負荷」~「終動負荷」まで自由自在に変更できます。
DSC_1385

すべてそうやって、こだわり抜いて種目もマシンも選定してます。

Author Profile

石井 隆行
石井 隆行株式会社アスリートネット湘南 代表取締役Twitter:@hiraspo
 1969年静岡県伊東市生まれ
 
 静岡大学教育学部卒業
 呉竹鍼灸専門学校卒業
  
 針師・灸師・あん摩マッサージ指圧師
 NSCA CSCS
 小学校教員免許状
 中学校保健体育教員免許状
 加圧トレーニング特定資格者・加圧トレーニングスペシャリスト
 ケトジェニックアドバイザー
 ライフキネティックパーソナルトレーナー
    ほか・・・


静岡大学在籍時、「資格」も「技術」も「コネ」もない状態にもかかわらず
「オリンピックに選手を連れていく!」と豪語。

当時珍しい学生トレーナーの先駆者となるが、医療国家資格を持たない者が、選手の身体を触るのがご法度であった当時、テーピングを巻くどころかパートナーストレッチをする程度でも「あいつは資格を持っているのか?」と陰口をたたかれ、資格を取る事を決意。
大学卒業後、鍼灸マッサージの専門学校へ通う。

専門学校在学中に、スポーツ界では「応急処置や緊急時に資格なんていってられないだろ」という風潮が高まり、そこから済し崩し的に、卒業時には「誰でも」選手の身体を触ってもよい様な状況になっていた。
そんな状況に嫌気をさしつつも、自身の大学時代に専攻していたバイオメカニクスと手技療法を組み合わせた独自の手法が評判を呼び、「本当に信頼できる身体のスペシャリスト」と多くのアスリートから信頼を獲得、1996年のアトランタ五輪より5大会連続でクライアントのオリンピック出場に貢献する。

現在「平塚スポーツケアセンター」での活動を生業としつつ、
大学時代に描いたその夢を叶えながら、更に大幅修正を加え、現在に至る。