ドジャースといえば、いよいよワールドシリーズに進出し、大谷・山本、二人の日本人選手の活躍が期待されていますが、怪我から復帰を期待されリハビリを続けている、MLB通算212勝のクレイトン・カーショウ選手もいます。

そのカーショウ選手がリハビリに加圧トレーニングを取り入れているということで話題になっています。

加圧トレーニングは、筋力向上や筋肥大だけでなく、リハビリテーションやリカバリーに絶大な効果を発揮します。

長年怪我に悩まされている方、復帰に予定以上の時間かかっている方など、ぜひご相談ください。

 

 ロサンゼルス(カリフォルニア州)— マウンドでの圧倒的な存在感で知られる野球の伝説的選手、クレイトン・カーショウが、リハビリにおいて異例の方法を取り入れています。
それは「加圧トレーニング」です。
この3度のサイ・ヤング賞受賞者は、この革新的なKAATSUメソッドをリハビリに取り入れており、スポーツ界や医療界で注目を集めています。
これまでの輝かしいキャリアの中で度重なるケガに悩まされてきたカーショウは、今シーズンもまた負傷を抱えました。しかし、従来のリハビリ方法に頼るだけでなく、加圧トレーニングに目を向けたのです。日本発祥のこの療法は、筋力強化、回復のスピードアップ、全体的な運動能力の向上を、体に負担をかけずに実現できることから、プロスポーツ界で注目を集めています。
カーショウのトレーニングチームはすぐにその効果に注目しました。
彼の理学療法士はこう語ります。 ⇒「クレイトンは一流のアスリートであり、そのクラスの選手に対しては、どの決定も重要です。
加圧トレーニングは、特に多くのシーズンやケガを経験した彼のような選手にとって、安全かつ効果的に筋肉の回復をターゲットにする方法を提供してくれます。」
加圧トレーニングをリハビリ計画に取り入れることは、従来のリハビリ手法からの大きな変化ですが、その結果は有望です。
チームメイトやコーチも、その効果を実感しています。
チーム内部の関係者はこう言います。 ⇒ 「加圧トレーニングを始めてから、彼の可動性と筋力は劇的に改善しました。
驚くべき回復の速さです。」
オリンピック選手を含むエリートアスリートが使用しているこのKAATSUは、カーショウのキャリアを延ばす鍵となるかもしれません。16年以上にわたるメジャーリーグベースボールのキャリアを持つ彼にとって、ピークパフォーマンスを維持するために安全かつ効果的な方法を見つけることは重要です。
カーショウの回復の進展は、加圧トレーニングのような最先端のリハビリ技術の可能性を示しています。
彼のキャリアの今後はまだ不確定ではあるものの、ひとつ確かなことは、彼が可能な限り最高のパフォーマンスを維持し続けることを強く望んでおり、そのために加圧トレーニングが重要な役割を果たしているということです。
スポーツ科学が進化し続ける中で、カーショウの加圧トレーニングの活用は、他のアスリートにも新たなリカバリ手法を探るインスピレーションを与えるかもしれません。
今は、野球ファンが彼の以前よりも強く、速く、そしておそらくより回復力のある姿で復帰できることを心待ちにしています。
カーショウが加圧トレーニングのような革新的なリハビリ手法を採用することで、スポーツリハビリの未来には大きな変革が訪れる可能性があります。
アスリートは常に限界に挑戦し続けますが、科学と技術の統合は、安全かつ効果的なキャリアの長寿命化への道を提供しています。
殿堂入りが確実視されるカーショウのキャリアの最終章に向けて、加圧トレーニングが彼に再び最高レベルで競技するための優位性を与えているかもしれません。

Author Profile

石井 隆行
石井 隆行株式会社アスリートネット湘南 代表取締役Twitter:@hiraspo
 1969年静岡県伊東市生まれ
 
 静岡大学教育学部卒業
 呉竹鍼灸専門学校卒業
  
 針師・灸師・あん摩マッサージ指圧師
 NSCA CSCS
 小学校教員免許状
 中学校保健体育教員免許状
 加圧トレーニング特定資格者・加圧トレーニングスペシャリスト
 スキンストレッチ本部メイン講師
 ケトジェニックアドバイザー
 ライフキネティックパーソナルトレーナー
    ほか・・・


静岡大学在籍時、「資格」も「技術」も「コネ」もない状態にもかかわらず
「オリンピックに選手を連れていく!」と豪語。

当時珍しい学生トレーナーの先駆者となるが、医療国家資格を持たない者が、選手の身体を触るのがご法度であった当時、テーピングを巻くどころかパートナーストレッチをする程度でも「あいつは資格を持っているのか?」と陰口をたたかれ、資格を取る事を決意。
大学卒業後、鍼灸マッサージの専門学校へ通う。

専門学校在学中に、スポーツ界では「応急処置や緊急時に資格なんていってられないだろ」という風潮が高まり、そこから済し崩し的に、卒業時には「誰でも」選手の身体を触ってもよい様な状況になっていた。
そんな状況でも、大学時代に専攻していたバイオメカニクスと手技療法を組み合わせた独自の手法が評判を呼び、「本当に信頼できる身体のスペシャリスト」と多くのアスリートから信頼を獲得、1996年のアトランタ五輪より5大会連続でクライアントのオリンピック出場に貢献する。

現在「平塚スポーツケアセンター」での活動を生業としつつ、
大学時代に描いたその夢を叶えながら、更に大幅修正を加え、現在に至る。