本日2回目の投稿は真面目なブログ 平スポ石井です。

雑誌などで、正しい姿勢・立ち方の記事など多いですよね。

例えばこんな感じ

平塚のプロトレーナーがいる治療院

壁に踵から頭の先までピッタリと着けるように意識して立ちましょうという記事。

僕はこの記事を見て、

「こんな立ち方を指導するからいつまでたってもダメなんだよなぁ」

「だいたい、右と左の立ち方全然違うのに、壁際に立たせる意味がどこにあんの?」

と半怒りの感想を持ちます。

みなさん、まず写真をじっと見て、問題点を少し予想してみてください。

それでは、平スポ的解答です。

人はだれもが鏡を正面から見たときの様な左右のバランスや中心線を意識しますが、

実は横から見たときの、前後の中心(重心線)もあります。

それはこんな感じに通っています。

平塚のプロトレーナーがいる治療院

僕は専門用語をクライアントや患者さんに使うのが大嫌いなので、なるべくわかりやすい言葉で書きますね。

よくこんな人、病院とかでいません?


「クアド・・・いや大腿四・・・いやいや腿の前の筋肉に力を入れて、その時にパテラ・・・あっ膝蓋コ・・・膝のお皿をね・・・」

みたいな。

こんな風にお客さんにウチのスタッフが接したら張ったおしますよ(怒)

専門用語使えばスゴイと思われるとでも思っているんですかね・・・

話がそれてしまいました。

上の図が、身体を横から見たときの中心。

では、最初の写真に重心線を引いてみましょう。

平塚のプロトレーナーがいる治療院

この写真には、

壁に頭、肩、骨盤、ふくらはぎ、かかとをピッタリとつける。

と書いてありますが、そんな立ち方をすると(左側)、重心線が正しい位置から乱れてしまっているのがわかりますか?

特にこの写真では、股関節と腰椎、そして頭から重心線がズレているのがわかるでしょうか?

この姿勢を取り続けると、腰痛や股関節痛、肩凝り、頭痛など、いろいろな症状を引き起こす可能性が大きくなります。

もう少しミクロに見ていきましょう。

この写真を見ると、腰の部分の重心線が、正しい位置より背中寄りにシフトしているのがわかると思います。

今日は特に腰にスポットを当てようと思います。

上の図の左のように、壁際に立つ姿勢をとってしまうと、腰の重心線が通常より背中寄りに通ってしまいます。

そして、重心線が棘突起という場所を通る事になります。実はここは体重を支える機能は備わっていません。

平塚のプロトレーナーがいる治療院

体重は椎体と呼ばれる部分で受けないといけません。

拡大して見るとわかりやすいでしょうか?

平塚のプロトレーナーがいる治療院

なのに

壁に寄り掛かるように立つと、体重を支えられない場所に重心が乗ってしまいます。

それでは、腰痛など出ても当たり前ですよね。

いいですか?

正しい姿勢で壁際に立つと、お尻しか壁には着きません。

平塚のプロトレーナーがいる治療院

この女性は普段は正しい立ち方が出来るのに、な~んで壁に寄り掛かるなんて教え方をするんでしょうね(呆)

平塚のプロトレーナーがいる治療院

なんでこうやって立ってしまうのかは、実は人間の持っている身体感覚の問題でもあります。

今回は、横から見た正しい立ち方について、腰回りの説明を中心にしましたが、

膝~大腿骨~股関節の話はもっともっと奥深いのです。

でも、それらの話と身体の操作の仕方は、平スポに来る人だけの秘密です。

続きを知りたい・身体の使い方の本質を知りたい方は

平塚スポーツケアセンター

http://www.athlete-net.com/

0463-25-4871

Author Profile

石井 隆行
石井 隆行株式会社アスリートネット湘南 代表取締役Twitter:@hiraspo
 1969年静岡県伊東市生まれ
 
 静岡大学教育学部卒業
 呉竹鍼灸専門学校卒業
  
 針師・灸師・あん摩マッサージ指圧師
 NSCA CSCS
 小学校教員免許状
 中学校保健体育教員免許状
 加圧トレーニング特定資格者・加圧トレーニングスペシャリスト
 ケトジェニックアドバイザー
 ライフキネティックパーソナルトレーナー
    ほか・・・


静岡大学在籍時、「資格」も「技術」も「コネ」もない状態にもかかわらず
「オリンピックに選手を連れていく!」と豪語。

当時珍しい学生トレーナーの先駆者となるが、医療国家資格を持たない者が、選手の身体を触るのがご法度であった当時、テーピングを巻くどころかパートナーストレッチをする程度でも「あいつは資格を持っているのか?」と陰口をたたかれ、資格を取る事を決意。
大学卒業後、鍼灸マッサージの専門学校へ通う。

専門学校在学中に、スポーツ界では「応急処置や緊急時に資格なんていってられないだろ」という風潮が高まり、そこから済し崩し的に、卒業時には「誰でも」選手の身体を触ってもよい様な状況になっていた。
そんな状況に嫌気をさしつつも、自身の大学時代に専攻していたバイオメカニクスと手技療法を組み合わせた独自の手法が評判を呼び、「本当に信頼できる身体のスペシャリスト」と多くのアスリートから信頼を獲得、1996年のアトランタ五輪より5大会連続でクライアントのオリンピック出場に貢献する。

現在「平塚スポーツケアセンター」での活動を生業としつつ、
大学時代に描いたその夢を叶えながら、更に大幅修正を加え、現在に至る。