平スポ石井です

早速ですが、まずは動画をご覧ください。
2012年2月14日に行われた高松記念競輪S級決勝レースです。

このレースは
優勝 1番(白)深谷選手
2着 3番(赤)伏見選手
でした。

この2人はSS級といって、競輪を知らない人でもなんとなく知っている「S級1班」よりさらに上、
競輪界で上位9名しかいない、スーパースター超超1流選手なのです。

しかし、このレースをみて気付きましたでしょうか?

この2人の自転車の乗り方、全然違うんです。
ユニフォームの背中についている車番あたりを注目してこの「白」と「赤」の選手を見ていただけたらよくわかると思います。

どうです? ぜんぜん違うでしょ?

こうなるとだいたい「どっちがいいの?」って話になりやすいのですが、
結論から言ってしまえば
「どっちでもいい」
「どちらも正解」
なのです!

それぞれの身体の使い方はの細かい説明をしようとすると、僕の拙い文章力では無理なので割愛させていただきますが・・・


どっちでもいい、どっちも正解なのですが、これが選手の立場からすると大違い。

簡単に言ってしまえば
「深谷選手の様な身体の使い方があっている」選手と
「伏見選手の様な身体の使い方があっている」選手がいます。

それを見分けるには、「体型」や「スポーツ歴」「重心の操作法」「力を入れるリズムの取り方」などなど様々な要素が複雑に絡み合っています。

そして
「深谷選手の様な身体の使い方があっている選手」が
「深谷選手の様ような動き」を目指し
「その動きを実現しやすくするトレーニング」を実施し
「その動きを実現しやすくする道具(セッティングなど)」を行う
と、
全てが噛み合っていないと、どうも結果に繋がりにくい状態になってしまいます。

僕の仕事は

その選手が どんなタイプであるのか見分ける事
それを踏まえた上で、選手にどんな動きを理想とするのかいくつかのヒントを与え、目標を明確にすること
その理想の動きを実現するためのトレーニングプログラムを組む事

という流れになります。

けっして、一つの方法を押し付けるような事はしません

例えばゴルフなら、巷に様々な理論が溢れています。
僕は、それが全部正解だと思っています。

ただ、人によって「合う」「合わない」は確かにある。

だから、とにかく「この理論で行く」「ここを目指す」と言うのを決めないといけない。
それが決まったら、その理論、その動きを実現しやすくするトレーニングを行う。

非常にシンプルなんだけど、実はなかなか出来ない事ですね。

ついつい流行りのトレーニング、目新しいトレーニングがあるとそれに飛びつく。
結果、本来の目的からブレてしまう。

どのプレーを目指せばよいか変わらなくなってしまった方
理想は明確だけど、何をやったらよいか解らない方

相談してみてくださいね。

平塚スポーツケアセンター

http://www.athlete-net.com/

0463-25-4871

 

以下のブログも見てください!

 

 

海老名加圧スタジオANS専用ブログ
 
海老名の隠れ家的トレーニングジムANS

キレイになりたい方は必見、女性理学療法士Toyoのブログ
 
アスリート系女性理学療法士の『健康美』  

Author Profile

石井 隆行
石井 隆行株式会社アスリートネット湘南 代表取締役Twitter:@hiraspo
 1969年静岡県伊東市生まれ
 
 静岡大学教育学部卒業
 呉竹鍼灸専門学校卒業
  
 針師・灸師・あん摩マッサージ指圧師
 NSCA CSCS
 小学校教員免許状
 中学校保健体育教員免許状
 加圧トレーニング特定資格者・加圧トレーニングスペシャリスト
 ケトジェニックアドバイザー
 ライフキネティックパーソナルトレーナー
    ほか・・・


静岡大学在籍時、「資格」も「技術」も「コネ」もない状態にもかかわらず
「オリンピックに選手を連れていく!」と豪語。

当時珍しい学生トレーナーの先駆者となるが、医療国家資格を持たない者が、選手の身体を触るのがご法度であった当時、テーピングを巻くどころかパートナーストレッチをする程度でも「あいつは資格を持っているのか?」と陰口をたたかれ、資格を取る事を決意。
大学卒業後、鍼灸マッサージの専門学校へ通う。

専門学校在学中に、スポーツ界では「応急処置や緊急時に資格なんていってられないだろ」という風潮が高まり、そこから済し崩し的に、卒業時には「誰でも」選手の身体を触ってもよい様な状況になっていた。
そんな状況に嫌気をさしつつも、自身の大学時代に専攻していたバイオメカニクスと手技療法を組み合わせた独自の手法が評判を呼び、「本当に信頼できる身体のスペシャリスト」と多くのアスリートから信頼を獲得、1996年のアトランタ五輪より5大会連続でクライアントのオリンピック出場に貢献する。

現在「平塚スポーツケアセンター」での活動を生業としつつ、
大学時代に描いたその夢を叶えながら、更に大幅修正を加え、現在に至る。